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仙台家庭裁判所 昭和63年(少ハ)6号 決定 1988年7月01日

少年 K・S(昭44.10.30生)

主文

少年を医療少年院に戻して収容する。

虞犯、毒物及び劇物取締法違反各保護事件については、少年を保護処分に付さない。

押収してある白色物質入りビニール袋1袋(昭和63年押第175号の5)を没取する。

理由

第1戻し収容申請事件について

(申請の趣旨及びその理由)

東北地方更生保護委員会作成の昭和63年6月13日付戻し収容申請書記載のとおりであるからこれを引用する。

(当裁判所の判断)

少年の戻し収容申請事件、虞犯、毒物及び劇物取締法違反保護事件各記録、少年調査記録及び当審判廷における少年の供述によると次の事実を認めることができる。

イ  少年は、昭和59年9月10日盛岡家庭裁判所において、窃盗同未遂保護事件により、初等少年院送致の決定を受け、昭和61年2月21日盛岡少年院を仮退院した。仮退院中の少年に対する遵守すべき事項として、1昭和61年2月21日までに仙台市○町×○○コーポ××号(母)Y子のもとに帰住すること、2昭和61年2月21日までに仙台保護観察所に出頭すること、3どんなことがあつても盗みはしないこと、4シンナー吸引や無免許運転は一切しないこと、5家出や無断外泊などしないで規則正しい生活をすること、6母のもとにおちつき不良交遊を断つて真面目に働くこと、7保護司や母の指導を素直にうけること、が定められた。

ロ  少年は定められた帰住先に帰り、仙台保護観察所の保護観察下に入つた。昭和61年3月少年ら一家は仙台市○○×丁目×に転居したが、少年は飲酒する母への不満等もあつて、同年4月から現金及び家財持ち出し、不良交遊、シンナー吸引と行状は不安定となつた。少年は、同年5月19日保護観察所の呼び出し指導を受けたが帰宅後バイクの無免許運転をし、同年7月から再び母と不和となり、友人宅に止宿するなどしたため、保護観察所の指導を受けた。

ハ  昭和62年3月5日、少年は、俳優になりたいとの希望から上京したが、プロダクシヨンの条件が違うことなどから不満不安をいだきシンナ、ー吸引にいたり、東京保護観察所の帰住援護を受けて帰住したが、その後、母や姉との折り合いが不良となり、母からは保護観察所に少年がシンナー吸引をしていると訴えるようになつた。

ニ  同年4月6日及び7日、母から少年が母及び姉に対して、脅迫言動に出ているとの連絡により、保護観察所は指導のため少年に対し呼出状を発したところ、その指定日の前日少年はシンナー吸引の上、自殺を図り、救急病院で手当てを受け、友人方に引き取られたが、少年はその後もシンナー吸引を続けていた。

ホ  同月11日少年は仙台保護観察所に引致されたが、嘔吐をくり返したため質問調査は不可能であつたため釈放され、同日宮城県黒川郡○○町の精神神経科病院でシンナー中毒症との診断のもとに即日入院となつたが、入院中の生活も極めて不安定であつた。

ヘ  母は少年の心情が不安定なことに危険を感じて一時居所を明らかにしなかつたが、少年の帰住先を更生保護会とすることで退院し、同年5月10日からは母や姉とも話し合つた上、仙台市内の中華飯店に就労し、現住居に移つた。しかしその後もシンナーの吸引は続いた。

ト  昭和63年6月7日午後2時ころから同日午後9時ころまでの間、仙台市○○字○○内○○川河川敷において、興奮幻覚または麻酔の作用を有する劇物であるトルエンを含有するクリヤラツカーをビニール袋に入れ、みだりにこれを吸入した。

以上認定の事実によれば、少年の行為は上記特別遵守事項4及び法定遵守事項(善行保持)に違反したものであり、少年の資質、家庭の保護能力等諸般の事情を考慮すると、少年を現状のまま放置するときは、更に非行を繰り返すおそれが顕著であると考えざるをえない。少年は、昭和60年3月から同年6月ころまで情動安定剤の投与を受け、昭和61年1月ころから仮退院の時まで再度継続的に情動安定剤の投与を受けたこと、少年のシンナー吸入は仮退院後間もなく始まつたものと考えられること、鑑別結果通知書によると、少年には現在シンナー中毒後遺症が見られることなどを考慮すると、後遺症に対する治療をまず施したうえ、中等少年院に移送し、長期間の個別的、治療的な矯正教育を行い、資質上の問題点の改善を図るのが相当である。

よつて、少年を医療少年院に戻して収容するのを相当と認め、犯罪者予防更生法43条1項、少年審判規則55条により主文1項のとおり決定する。

第2虞犯、毒物及び劇物取締法違反保護事件について

虞犯保護事件の通告事実は、少年が上記仮退院後、保護者の正当な監督に従わずシンナー吸入などの行為に及んでいることを主な内容とするものであり、また、毒物及び劇物取締法違反保護事件の送致事実は、上記第1に記載の事実に関するものであり、何れもこれを認めることができ、それぞれ少年法3条1項3号、毒物及び劇物取締法24条の3、3条の3、同法施行令32条の2に該当するところであるが、上記第1に記載のとおり、少年を戻し収容することとするほかに、別個の保護処分に付する必要を認めがたい。

よつて、これら保護事件については、少年法23条を適用して保護処分に付さないこととし、没取につき少年法24条の2第1項第1号、2項を適用して、主文2項及び3項のとおり決定する。

(裁判官 齋藤清六)

〔参考〕 戻し収容申請書

戻し収容申請書

昭和63年6月13日

盛岡家庭裁判所 支部 殿

東北地方更生保護委員会

下記の者は、少年院を仮退院後仙台保護観察所において保護観察中の者であるが、少年院に戻して収容すべきものと認められるので、犯罪者予防更生法第43条第1項の規定により申請する。

氏名

年齢

K・S

昭和44年10月30日生

本籍

宮城県仙台市○○×丁目×

住居

仙台市○○町字○○××-×○○アパート××号

(仙台少年鑑別所容中)

保護者

氏名

年齢

K・Y子

大・<昭>23年10月21日生

住居

仙台市○○×丁目×-××A方

本人の職業

中華飯店 従業員

保護者の職業

鮮魚店店員

決定裁判所

盛岡家庭裁判所

決定の日

昭和59年9月10日

仮退院許可委員会

東北地方更生保護委員会

許可決定の日

昭和61年1月20日

仮退院施設

盛岡少年院

仮退院の日

昭和61年2月21日

保護観察の経過及び成績の推移

別紙1(仙台保護観察所作成の「保護観察の経過及び成績の推移」)記載のとおり

申請の理由

別紙2のとおり

必要とする収容期間

参考事項

添付資料

1 質問調書(甲)謄本 2通

2 質問調書(乙)謄本 1通

3 少年院仮退院許可決定書抄本 1通

なお、本人については、昭和63年6月8日仙台保護観察所から、仙台家庭裁判所に少年法第6条の規定による通告がなされている。

注意 本人が施設に収容されているときは、その施設名を住居欄に付記すること。

別紙1

1 仮退院当日(昭和61年2月21日)、少年当庁に出頭(同伴者母)し、保護観察下に入った。

同日指定帰住地の母のもとに帰住、担当者のもとを来訪した。(担当者仙台南○○保護司)

同年3月仙台市○○×丁目×市営住宅××-××-××に一家転居、少年は○○工業高校を受験したが不合格となり、飲酒する母への不満等もあって同年4月から現金及び家財持出し、不良交遊のうえシンナー吸引と行状は不安定となった。

同年5月19日呼出し指導したが帰宅後友人のバイクを無免許運転した。

2 同年5月23日付転居に伴い担当者を仙台東○○保護司に変更。その後、泉市○○そば処「○○」に住込就職したが退職、暫定的に盛岡市居住の父のもとで塗装業に従事したが同年7月から再び母と不和、友人宅に止宿するなどしたため担当者が指導をかさね、また同月28日、同年9月2日、少年に出頭を求め、住込先等について指導し、遵守事項を再確認させた。

3 同年9月中旬から、○○青果(仙台市○○町)販売員として就労、出張販売のため担当者に電話連絡をとり、また帰仙の際は当庁へ出頭し(同年10月8日及び同年11月7日)近況報告があった。しかし同年12月16日、勤務先の販売車が警察署の捜査をうけたとの理由で少年は山口保護観察所に保護を求め帰住援護をうけて帰仙した。同月18日、出頭した少年に、あらたな就職先、母との関係について指導した。

4 昭和62年1月から少年は○青果(泉市○○)で就労したが同年2月20日退職した。

「○プロダクシヨン」に応募し、合格、「俳優になりたい」という少年の希望であった。

同年3月5日旅行許可をうけて上京したが、奨学金等が自分の思い通りにいかないという不満(不安)等から少年はシンナー吸引に至り、東京保護観察所の帰住援護をうけて帰住した。同月17日、出頭した少年は住込先の新聞販売店でシンナー吸引の際タバコの火が引火しボヤさわぎをひきおこしたとの言であった。その後少年は母及び姉と折合不良となり、母からは当庁へ「少年は同年3月中旬からシンナー吸引をしている」旨の訴えがあった。

5 同年4月6日及び同月7日母から「少年に“ぶっ殺す”と脅迫され家を追い出されてしまった。」「姉に包丁をつきつける」との訴えがあり、同月9日を指定して呼出状を送付した。しかし同月8日、少年はシンナー吸引のうえ自殺をはかり救急病院で治療をうけた。同日夜、友人に引取られた少年のもとへ、担当者、課長、主任官等が往訪し、少年の情緖安定を図ったが少年の興奮は、はげしかった。同月9日、少年宅を往訪し、病院入院をすすめたが応ぜず、その後も少年はシンナー吸引を続けた。(同日付仙台東○○保護司に担当者変更)同月10日、引致状を請求し発付をうけ、同月11日、執行した。

6 引致された少年は嘔吐をくりかえしたため質問調査は困難となり釈放、○○病院(宮城県黒川郡○○町○○字○○××-×)に少年を同道した。(同病院は精神・神経科病院)、シンナー中毒症との診断をうけ即刻入院となった。後刻母が病院で諸手続きをとった。

以後、少年は療養生活を続けた。

担当者及び主任官も面接し、また母、姉に画会を促した。

少年は、病院内で次第に自らの場を確保し、患者仲間をかげでそそのかすなどし、逃走2回など病状は不安定であり、同年12月には脳被に異常が認められた。

7 昭和63年1月27日、母に来庁を求めて面接した。母は少年の心情不安定がおそろしいと不安を訴えた。その日、母は少年に面会したが、以後、自らの居所を明らかにせず母への連絡は不可能となった。(仙台市○○×丁目×市営住宅××-××一××に担当者が度々住訪し、メモ書きをいれても反応がなかった。)

少年の帰住先を更生保護会(仙台市○○××-×○○会)に調整、少年が同会に一泊したうえ、少年の納得のもとに同年4月19日少年は病院を退院し同会で生活することとなった。同日付委託。なお少年はシンナーを二度と吸引しないと誓った。

8 更生保護会で少年は静養し、近隣の神経科○○クリニック(○○病院からの紹介)に通院した。歯科の治療等もうけたが、次第に少年は同会に対する不満を高め、同会職員に暴言をはくこともあった。

同年5月9日、主任官が母の勤務先を訪ね、(母は、「少年が退院した」という担当者のメモ書きをみて、退院後まもなく、当庁へ電話をかけてきた、その際、母の勤務先が明らかになったもの)○○会にいる少年と会って今後の生活方針を話し合うよう強く要請した。

9 同年5月10日、母及び姉が少年を訪ね、同月11日、少年は姉のもと(仙台市○町○○字○○××-××)に一泊し、母をまじえて話しあった結果、同月14日から母の知りあいである下記に住込就職することとなった。

勤務先 仙台市○○町字○○××-×× ○○飯店 店長 B氏

寮 仙台市○○町字○○××-× ○○アパート××号

10 同月13日転居許可し、少年は就労しはじめた。しかし少年は、「金がない。母と連絡をとりたい。」と再三当庁へ訴え、心情不安定であった。

(母は少年に母の住所も勤務先も秘していた。少年の過度の連絡・要求をおそれていた。)

同月20日付仙台南○○保護司に担当者変更。さらに、少年は身体の不調も訴え、担当者が少年を福祉事務所へ同道し医療扶助続行依頼の諸手続等もとった。

11 同年6月3日少年出頭、シンナー吸引をかさねている旨質問調書のとおり、少年は○○病院へ入院したいとのことであったが、同病院は入院不可と少年に応えた。少年は入院不能を自ら納得し、仕事に励む旨であったが同月7日、再びシンナー吸引に至った。 同月8日少年出頭(同伴者母)、少年及び母の言、同日付調書のとおり。

なお同日、宮城県警察本部に少年の補導状況を確認した。

少年が任意出頭したことにより、引致状請求が不能であったが少年のシンナー吸引等による自損他害の不安が強いことから、仙台家庭裁判所と電話連絡をとり少年法6条通告をした。同日観護措置決定。

別紙2

少年は、当委員会第1部の決定により、昭和61年2月21日盛岡少年院から仮退院を許され、仙台保護観察所の保護観察下にあるところ、昭和63年6月8日、同保護観察所から仙台家庭裁判所に少年法第6条の規定による通告がなされ、保護措置の決定により同日以降仙台少年鑑別所に収容されているものである。

少年は、仮退院に際して犯罪者予防更生法第31条第3項に基づく仮退院の期間中遵守すべき特別の事項(以下「特別遵守事項」という。)及び同法第34条第2項所定の事項(以下「一般遵守事項」という。)の遵守を誓約したものであるが、昭和63年6月9日付け仙台保護観察所長からの戻し収容申出書及び関係書類に基づき審理するに、下記1のとおり遵守事項違反の事実が明らかであり、かつ、下記2記載のとおり既に保護観察による指導監督及び補導援護の方法をもってしては、その改善更生を図ることは極めて困難な状況に至っているものと認めざるを得ないので本申請を行うものである。

1 遵守事項違反の事実

少年は、昭和63年5月日中旬ころから同年6月2日までの間、仙台市○○町○○所在の無人プレパブ内において、少年の勤務先の同僚であるCと一緒にラッカーシンナーを約10数回に亘って吸引し、さらに同年6月7日午後0時30分ころ仙台市○○付近の河原において前記Cと一緒にシンナーボンドを吸引したものである。

上記の事実は、特別遵守事項第4号「シンナー吸引や無免許運転は一切しないこと。」の前段及び一般遵守事項第2号「善行を保持すること。」にそれぞれ違反する。

2 戻し収容を相当とする理由

少年は、前記少年院を仮退院して間もなく高校受験に失敗したことなどから生活が不安定になり、不良交遊、家財持ち出し、シンナー吸引等の問題行動がみられたため保護観察官等において継続的かつ強力な指導を行った結果、転退職を重ねながらも就労するに至ったが、「俳優になりたい」との希望から、昭和62年2月ころ退職し、上京したものの少年の期待通りとならず、その不満等からシンナー吸引によるボヤさわぎを惹起し、仙台の母の許に帰宅後は同女の酒癖の悪さに対する不満などもあってその折り合いは悪化し、シンナー吸引に耽溺し同年4月6日ころには、シンナーを吸引の上母親に対し“ぶっ殺す”と脅迫したり、また姉に包丁をつきつけるなどの所為があり、更に少年自身の自殺未遂の事実などが判明したため、同年4月11日少年を仙台保護観察所に引致したが、嘔吐を繰り返すなどの症状から、結局、シンナー中毒との診断により宮城県黒川郡○○町○○字○○××-×所在の精神病院「○○病院」に入院させたものである。

その後、保護観察官が病院を訪ねるなどして指導に当り約1年後の昭和63年4月19日少年は退院したが、母の少年への不安が強く、同居を忌避するなどしたため更生保護会○○会に帰住させ、母との関係改善を図りながら静養させた後、同年5月14日、母の紹介で仙台市○○町字○○××-××「○○飯店」に就職し、同店の寮である表記住居に居住したところ、前記1のとおり就職して短時日のうちにシンナー吸引を再開して耽溺し、その後の保護観察官の厳しい指導にもかかわらず、更に同年6月7日シンナー吸引で補導されるに至ったもので、少年はシンナー吸引の性癖が改善されることなく、安易に吸引を敢行しており、少年の行動からは自らの立場を考えた改善更生の意欲が認め難い。

加えて、保護者である母親は、少年に対する期待感を失い、少年の起伏の激しい感情に対する不安や、シンナー吸引によって逆上する行動に恐しささえ感じ、少年の引き受けに難色を示しており、更に前記入院先である○○病院からは入院時における行状が不良として再入院を拒否されるなど、現状においては社会内処遇の限界を越えるに至っていると言わざるを得ない。

以上総合判断するに、本少年は自らの力ではシンナーから離脱することが困難であり、家族への暴言、暴力、自殺企図の経過などからも自傷他害の危険性が高く、保護観察による改善更生は極めて困難と判断せざるを得ず、この際少年院に戻して収容し、再度強力な矯正教育を施すことが必要かつ相当であると思料される。

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